全世界1%の富豪が残り99%の資産以上を持つ世界から抜け、必死に働き続けてきたあなたが豊かになる方法

60代の最初の熟年離婚の理由|実話01

熟年離婚理由|実話

60代の最初の熟年離婚の理由|実話01
  • 全世界1%の富豪が残り99%の資産以上を持つ世界から抜け、必死に働き続けてきたあなたが豊かになる方法
  • 0円でメルマガリストが無限に増え続ける自動収集ツール"
0円でメルマガリストが無限に増え続ける自動収集ツール"

熟年離婚と再婚、70代で離婚、時代の先端を地でゆく父

数か月前、父、孝之が70代半ばで、突然離婚しました。
なおかつ、「再婚したい」と言いだしました。


父の離婚は、これが2度目です。
約20年前に、私の母と離婚しています。

昭和前半生まれの父は、男尊女卑の考え方がひどく、
とにかく厳しく、うるさく、ワガママ。

母との離婚も、母から相談された時、「そのほうがいい」と勧めたぐらいでした。
あまり、父との会話がない家庭でした。


結局父は、母と熟年離婚。

これはまた、改めて書きたいと思いますが、数年後、奇跡の再婚。

新しい家庭を邪魔したくない気持ちもあり、
1~2年に1度、数時間、顔を見に行く程度でした。

この時も、前の年の秋に行く予定が、行けずに、
2年程会っていなかったと思います。


そこに、突然の離婚報告と、再婚への協力の依頼が、
元気のない声で、電話の向うから聞こえてきました。

いずれは、親の介護の時期も来る、と、思ってはいましたが。

まさか、シニア婚活を手伝うことになるとは、夢にも思っていませんでした。

やっと落ち着いてきたので、記録しておこうと思います。

(さすがにある程度、状況は変えて書きますね。)

父の家庭観

母との離婚の時は、父は60代はじめ。

私は上に5つ離れた姉と3つ上の兄がいて、当時20代になったばかり。

父と母は昔からケンカが多く、父は「父親、夫が絶対」
という古い考えの人間で、相当ワイルドな家庭。

ギャンブルや女遊びはなかったけど、自分の趣味にはお金をつぎこみ
母が貯めたお金を持って行くこともよくありました。

何かというと手が飛んできたり物が飛んでくる。

母も気性が激しかったけど、見ているのはやはり辛く、
なんで結婚したんだろうと、よく思っていました。

姉も兄も私も、小さい頃は息をひそめるようにして
父の怒りが収まるのを待っていました。


中学ぐらいになると、兄は父にたまりかねて、反抗することがありましたが、
何しろ父親絶対、と言う中で育っていたので、むしろ火に油。

父親みたいな人間と関わりたくない、と言って、高校を卒業すると
同時に家を出て、奨学金で大学に通って就職。

姉は、1年間専門学校に通った後、家から離れた会社に就職し、
家を出てひとり暮らしを始めました。

私も2年間専門学校に通っていた間、よく姉の家に遊びにゆき、
就職をきっかけに、家を出て姉と2人暮らしをすることに。

父は相変わらずでしたが、母は外に働きに出ていることもあり
それほど遠くもない距離で、すぐに帰れますし、
家を出て自由になれる嬉しさが大きかったです。

20数年前、60代で母と熟年離婚

それから半年ほど経った頃。
最近、父の暴力が激しいと母から相談された、と姉から聞きました。

あざができることもあると聞き、別れたほうがいいよ、と姉と私。
兄にも相談しても、やはり同じだったようで、母は離婚を決意。

父は一言も反対せず、すぐに判を押してくれたそうです。

今でいう、DV、ドメスティックバイオレンスということになりますが
私が知らなかっただけなのか、当時はそんな言葉は知りませんでした。

数年経ってから、よく聞くようになり、世の中には同じような
夫婦がたくさんいるんだなと知りました。



後から聞くと、父は茫然自失という感じで、判を押したのを
覚えていなかったようです。

(そんなことあるのかって思いましたが、2度目の離婚で
私はそれを目の当たりにすることになりました。)

最初の離婚で、父は60代はじめで独り身になりました。

最初の離婚での父の変化

思えば、その時も、突然父が優しくなり、さすがに寂しいのかな、
と思ったのを思い出します。

仕事のグチを言うことは一度もなく、そもそも厳しく怖かったので、
話をあまりしたことがありませんでした。

どんなことでも弱音を吐くとか、そういうことは一度もなかった父。


母離婚してから、初めて姉に電話がかかってくるようになり、
気持ち悪いね、と言っていたのを思い出します。

父の気持ちが弱くなるなんて、想像さえできていない、若かった私たち。

1~2か月経った頃、さすがに顔を見に行ってあげようか、と
姉と2人で父だけになった実家へ。


嬉しそうな満面の笑みで、元気そうに迎えてくれた父。

家のことが一切できない父は、2週間に一度、
家政婦さんに来てもらっていると言いました。

「お父さんは、再婚がしたいんだ。知り合いに紹介を頼んでるんだよ」

と見たことがないぐらい優しく言う父。

気持ち悪!と内心思う、当時20代の私たち。


私たちに優しく接することがなかったので、
私たちは、父の心中は全く想像できていなかったと思います。

多少心配ではありましたが、元気に働いて、食事は毎晩外で食べ、
家政婦さんに家を綺麗にしてもらえ、とりあえず生活がまわっているので、
少しほっとしました。

「泊まっていってもいいんだよ」

という父に、話しづらい父とそれ以上いるのも勘弁、
と思って、また来るね、と言って帰りました。

今思えば、もっと泊まって行ってほしい、帰ってきてほしかったのだと思います。

兄にも、離婚の旨、父から電話があったそうですが、
ちょうど海外へ転勤になったこともあり、元々嫌っていたので、
あっそう、まあ親父も体に気をつけて、という位で切ったようです。

元々父親から離れたいばかりに、自立心が強かった兄。
心配するとか、そんなことは頭の片隅にもなかったようでした。


これでちょっとは、家族への関わり方を反省すればいい、と
私や姉は話していました。

このあとどうなるかなんて、いずれ考えればいいぐらいに思っていました。


憧れだったあのセレブ旅行こんなに安く楽しめるなんて!最安値保障!
1
  • 0円でメルマガリストが無限に増え続ける自動収集ツール"
  • 旅行が仕事!!世界中を無料で旅しながら収入がどんどん増えていく 2018年日本上陸
誰でも簡単に無料で作れる 稼げるブログ Dreamers!

関連記事

ピックアップ!

ピックアップ!

全世界1%の富豪が残り99%の資産以上を持つ世界から抜け、必死に働き続けてきたあなたが豊かになる方法

月別アーカイブ

今すぐビットコインを手に入れるたった2つの方法