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60代父の再婚成功と隠れた問題|実話03

実話・60代再婚生活と問題

60代父の再婚成功と隠れた問題|実話03
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60代父の再婚相手と初対面の印象

3年ほどに渡るハードな60代婚活の状況はこちら >

父の再婚相手、K子さんに会ったのは、私はその時が初めてでした。

晴れた日の午後、ある大都市の主要駅で待ち合わせた
姉と私と、父と再婚相手となる女性。
待ち合わせ場所の改札に、父が連れてきた女性は、
60代になったばかりのごく普通の女性。

ぶっちゃけると、父がどんな女性を連れてくるのか、好奇心も半分ありました。


最初にK子さんを見たときは、半袖の細いボーダーのポロシャツにジーンズと
かなりカジュアルな格好で、えっ、とびっくりした記憶があります。

小柄な父と、さらに小柄でぽっちゃりした、どことなく、
父の亡くなった母親、祖母に似た、普通の気のいいおばちゃん、
という雰囲気の女性でした。

母も、美人ではないけれど、身なりはもう少し気を使う人です。
私も姉も、相談しなくても、少しちゃんとした格好で来ていました。

結婚相手の娘に初めて会うのに、そういう意識自体がない人か、
もしくは肝の据わった人なんだな、と何となく思いました。

父は、そういう気を使わない人が良かったのか、
もしくはそこまで贅沢(?)は言えなかったのか。

ささいなことですが、やはり初対面の印象は、今でも強く残っています。

父からの一方的な再婚表明

相手の女性には、成人した長男と既婚の長女がいて、
長男は姉より1つ下、長女は兄と同い年とのこと。

あまり覚えていないですが、その日父が言ったのは、

お前たちも成人して独立した。お父さんは、K子さんと結婚しようと思う。

このK子さんの子供も成人してるから、お互い迷惑をかけず、
それぞれ独立した家庭として、やっていこう

と言うような話でした。


そもそも昔から、私たちが何かを頼めば、機嫌が悪くなり、怒り出すような父。
財産は一切残さないから、そのつもりでいろと、
子供の頃から言われていました。

だから、良くも悪くも、父に頼ろうという気持ちはなかったし、
反対なんて思ってもできない、という風に考えていたと思います。

末っ子の私でさえ、こんな感じで、姉は父を頼るどころか、
父を心配しているぐらいで、とにかく私たちは異論はありませんでした。

父からすれば、たぶん、私たち子供には、相談したつもりだったと思います。

でも、親は絶対だ、逆らうな、という方針が浸透しきっていた
わが家庭では、それは一方的な通達に近かったと思います。

ただそれより、さみしがってた父が、新しい伴侶を見つけて
嬉しそうにしていることは、嬉しかったです。

よぎった心配


なんとなく、本当に再婚が決まるとは、正直思っていなかったので、
実際に決まると聞くと、心配がよぎりました


母と別れの原因になったDVは、大丈夫だろうか
何か頼むと不機嫌になったり、怒り出す癖は・・・

心配になって、姉に相談すると、ここ数年の父は、
独りよがりは相変わらずの面があったけど、優しくなったし、

だいたいそれが原因だって、いくらなんでも判ってるだろうと、
私とだいたい同じ見解でした。



父は、兄にも電話をしたそうで、ビックリしてたけど、
おめでとう、言ってくれたとのこと。

後から姉が兄に電話して話したときには、父が再婚できるとは思ってなかった。
関わりたくないからどうでもいいけど、まあおめでたいよね。

父も丸くなったんだろうか、なんて話したそうです。



子供たちに報告を済ませ、反対がないと確認して、
婚姻届を出して、姉がその場で証人欄にサイン。


・・・今から思えば、あぶなっかしいところだらけです。

私たちは全員、おめでたいというか、平和な時代に
なんだかんだ、平和な環境で、暮らしてたんだなと思います。

当時は、「えっ、もう!?」

と思ったものの、そんなもんかな、という感じでした。

そもそも、私たちと離れていても家族、というよりは、
それぞれ独立している、という意識の父と、その家庭で育ったまだ若い私たち。

そんなもんかな、と、それ以上、あまり疑問にも思いませんでした。

K子さんは、恐らく、チョロイもんだと、
心の中で高笑いしていただろうと思うと、悔しいです。

仕方がありません、私たちは、リスクに無頓着な未熟な一家でした。

父の最初の再婚後の生活と、隠されてた問題

こうして、無事、意気揚々と1度目の再婚を果たした父。孝之、当時64才。

父が、新しい女性と、新しい家庭を、私たちの実家でスタートさせました。

私は、義理でも母とは思ったこともなかったし、姉もたぶん同じだったと思います。
私たちは、K子さんを名前で呼んでいました。

そこからは、2年に一度位、姉や、彼氏、夫となった人と、実家に行きましたが
父に気を使って、泊まることはありませんでした。

特に私たち姉妹は、小姑みたいなもんだし、気を使わせると思いました。

と言うと聞こえがいいですが、その頃はまだ父は怖い父という印象で
あまり長く一緒にいられなかったのです。

それから、もともと父とはドライな関係だったこともあるし、
再婚の時に、父が「それぞれ独立した家庭」と言っていたことも理由です。

さらに、そもそも親戚付き合いみたいなことは、面倒でした。


兄も長く海外に駐在し、数年後に一時帰国したときに、
ちょっと顔を出したみたいですが、私たち以上に、希薄な関係。

そんな感じだったので、問題に気づく機会がありませんでした。

問題は、ずーっとうまいこと隠されたままだったのです。

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